この文庫の中で、ドッペルゲンガー(引用者注:すぐ前の文中に【ドイツ語で「同行二人」という意味】と書かれている)という意識がいちばんはっきりと出ているのが「第七官界彷徨」という中編だろう。1931年(昭和6年)に発刊された。その後、翠は故郷の島根県に帰り、ひっそりと隠棲したという。この引用文の「島根県」は「鳥取県」の誤りだ。
山陰と言っても東西ふたつの県で、どちらが東か西か、分からない人が結構いるし、両県が一つになって、山陰とは島根県あるいは鳥取県だと思っている人も少なくない。
尾崎翠が生まれたのは、現在の鳥取県岩美郡岩美町だ。鳥取砂丘の東隣にあって「山陰の松島」とも言われる浦富海岸を有し、湯かむり唄で知られる岩井温泉も歴史は古い。尾崎翠の誕生の地はこの岩井温泉の地だ。
晩年は鳥取市内でひっそりと暮らした。墓は市内の寺にある。
次のサイトに菩提寺と、墓の写真がある。
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