2007年7月16日月曜日

ことば拾い:隣の芝生

「他人のものはなんでもよく見えることのたとえ」として「隣の芝生」という言葉が使われるようになったのはいつの頃からであったのだろうか。
手元にある『広辞苑』(Canon WORDTANK搭載)と『大辞林』(第二版机上版)には載っていない。NHKが1976年1月から2月に銀河テレビ小説として放映した橋田壽賀子のドラマ「となりの芝生」以来のことかもしれない。

高校生も使っている『ジーニアス英和辞典』でgrass を引けば、ちゃんと載っている。
The grass is always greener (on the other side of the fence
[hill 〕). 《ことわざ》隣の芝は青い;他人のものは何でもよく見える《◆単にThe ~ is greener. ともいう》

この英語のことわざがいつごろから使われていたのかわからない。

先月のこのブログで取り上げた鶴見祐輔の小説『母』の「序にかえて」と言う文章の中に、こんなことばがある。「他人庭上(たにんていじょう)の花を美くしとする心境(しんきょう)」(p.7 カッコ内はルビ)
これは、おそらく、あの英語のことわざを鶴見が訳したものではあるまいか。この序文には「昭和四年五月十日」の日付がある。当時の日本で、芝生の庭を持った隣家なんてほとんどなかったであろう。「他人庭上の花」と理解しやすいことばに変えたのだと思う。

そう言えば『大辞林』には「隣の花は赤い」が挙げられているが、鶴見訳の現代版かもしれない。
さらに、両国語辞書がともに挙げているのが、「隣の糂汰味噌」(となりのじんだみそ)ということばである。
いかにも古くからのことばのように思われるが、『大言海』で糂汰味噌の項を見ても、そういうことわざ的なことばは取り上げていないから、鶴見の「他人庭上の花」と同工異曲で、あの英文を訳したものかもしれない。
現代風に言えば「隣の味噌はうまい」ということだ。
なお、このブログの冒頭の「他人のものはなんでもよく見えることのたとえ」は、苑・林両辞書共通の説明文である。 







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