増やさぬためには本を買わないことだが、減らすには蔵書を処分するしかない。その第1は蔵書を売却することだ。
今から十二、三年前の夏、かつての職場の同僚の紹介で業者に蔵書の一部を売却したことがある。倉敷のNという古書店で、主人と若者が一人、軽トラでやって来た。
書斎には主人だけが入ってきた。何種類かの全集や叢書の類をまず引き取ってもらった。そのあと、単行本で要るものがあれば、持って行ってほしい、と言った。
書棚を一段ずつ、本の背に右手の人差し指をあてて左から右へ走らせながら、これはと思うものをさっさと抜き取ってゆく。「いま、福原麟太郎がよく売れるんですよ。ほかにもっとありませんか」などと言いながら、他の本も次々に抜き取っていく。抜き取った本のページを繰って調べるなんてことはまったくやらない。
軽トラの荷台には本が山なりになって積み上げられ、車輪のタイヤは重みでへこんでいた。「大丈夫ですか」と、心配して尋ねた。若者がシートをかけ、その上にロープを幾重にも掛けた。
応接室で主人が腹巻きから札束を出してテーブルの上に置いた。
「50万でどうでしょう。」
「いいですよ。今、領収書を書きます。」
「わたしどもの商売では、そういうものはいただきません。」
そう言って、軽トラはのろのろと去って行った。
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